伊坂幸太郎『死神の精度』

音楽を聴くのが好きで、常に手袋をつけ、苗字が町や市の名前である……「死神」と呼ばれる彼らの職業は、対象の人物の調査を一週間行い、死についての報告「可」もしくは「見送り」を下すこと。死神「千葉」と彼の「調査対象」との6つの物語。

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

さすが伊坂さんと言うべきか、それぞれの完成度は結構高いんだけど、面白い話と面白くない話が結構分かれてる感じです。相変わらず読後感は良いんで、それでだいぶ誤魔化されてる気もしないんですけどねー。最初の話が正直全然面白くないんですけど、まあそれで折れずに読んでみて下さい。わりとどれもテイストの違う話なんで、お気に入りの話が一つはあるかと。ちなみに個人的に好きな話は「死神と藤田」と「旅路を死神」です。前者は伏線が上手く効いてたし、後者は綺麗にテーマが繋がっていたので。そして今回は伊坂特有の文章の気取った感じがほとんど見られなくて読みやすかった。
しかし、映画はつまんなそうだなー。Sweet Rainなんてふざけた副題もそうなんだけどさ、一番の理由が思いっきりネタばれしてることなんだよね、あることで。それはまた下で。あとキャスト見て謎に思ったんだけど、大町健太郎(吹越さんの役)って誰? オリジナルストーリーか? あとかずえは「死神対老女」の新田さんってことでいいのかな。小説を全部把握しているはずならこの名前は絶対おかしいと思うんだけど……まあそれも下で。あと千葉の上司だという犬は原作に出てきてないんだけど、話の筋でどういう位置づけになるのか気になる。蛇足にならなきゃいいんだけど(ま、たぶん映画は観には行かないだろうけどさ)。


っつーことで、以下個々それぞれの話の感想(ものすっごくネタばれ含むので、ご注意)


「死神の精度」
まあこれは「死神の役割とは何か?」みたいな感じの話でしたね。正直ストーリー的にはあまり面白いと思えず。電話先の相手がプロデューサーだってすぐ分かっちゃったし。大体一話目で「見送り」オチっていうのもなあ……そして映画ですが、小西さんが「藤木一恵」役で歌を出すみたいだけど、これって壮絶なネタばれですよね。メディアとかで大々的に宣伝してる場合じゃねーぞ、っていう。これはほんとひどいと思う。まあこの話が映画でどういう位置づけか分からないんだけどさー。小説的には完璧なネタばれだよね。


「死神と藤田」
これは上手いと思った。死神の設定を上手く使って、きちんと救いのあるオチにしてあるし。面白かったです。あとここから先、(おそらく)全部の人物に「可」の判断を下してるのがやっぱいいな。「ロスタイム〜」でもそうだけど、安易に死ぬことが美談とされる話とは逆に、こういうふうに最後が「死ぬこと」で締める話はやっぱりきちんと死んでくれた方が話としては綺麗なんだよね。それと、「対象者」がどういう死に方をしたのかがほとんど書かれてないのも逆に良かったです。


「吹雪に死神」
一応この短編集の中では一番推理小説っぽい感じなのかな。でもトリックというか、推理モノとしては凄くいい加減だったような……「毒入りの料理を食べても死なない」という死神の設定を使ったのは良かったけど、いくらなんでもそれを「毒かどうか自分で確かめる」ってのはないだろー。


「恋愛で死神」
これは正直なところ、死神という設定は必要だったのか?という感じもする。調査対象が死ぬからといって何もしないのが千葉だし、それはそれでいいんだけど、でもそれが逆に荻原の死に対して何ももたらさないわけで。だから荻原が最後に死ぬだけの普通の話になってしまった感じがしました。まあ荻原の最期を看取ったのが生死に対して何の執着も感慨も無い死神だった、っていうのに意味があったのかもしれないけど、それもちょっと話から読み取り辛い。大体荻原の「見かけだけで判断されたくないからダサい眼鏡をかける」というキャラ設定が嫌いなんだよなー。そんなに自分の内面に自信があるのかよ?っていう。


「旅路を死神」
とりあえずこの話は千葉の「これは」「やばいくらいに」「うますぎる」の真似に思わず笑ってしまいましたw千葉の「雪は甘いのか?」とか「見にくくない、見やすい」とかいうキャラは狙いすぎ感が強くて嫌だったんだけど、これだけは面白かったよ。話自体も面白かったです。「幻滅」とか「強がる」とかそういうキーワードで繋がってるのも良かったし、ちょこっとしか出てこなかった犬の使い方も相変わらず素晴らしかったです。ほんと、犬に関わる物語を書かせたらこの人の右に出る人は居ないんじゃないかなあ。最後も救いがある終わり方で良かったです。まあ、これも死神はさして関係ない感じなんだけどね。
あとちなみにこの話に「重力ピエロ」の春が出てくるのですが、「重力ピエロ」が伊坂作品で一番嫌いな僕にとってはあまり感慨深くはありませんでした、はい。


「死神対老女」
最後の話なんだけど、正直「ふーん」としか感想が出てこなかったよ。孫にこっそり会う話はいいんだけど、そこが大筋に絡んできたりするわけでは特に無く。新田さんが「恋愛で死神」の吉川朝美だって分かったときは「おぉ」とは思ったけど、それよりむしろ第一話から数十年も経っているってことにびっくりだったよ。あと映画の話だけど、どうして名前が「かずえ」なのかが謎だ。たぶん映画には「恋愛で死神」の話は出てこないと思うんだけど(吉川朝美=新田さん、っていうオチは本筋と全然関係なかったわけだしね)なんで名前を変える必要があったのかが謎。普通に朝美でいいじゃん。


というわけで全体的に見ると、まあ後半はあんまり死神は関係なかったかな……って感じはするけど、なかなか面白かったです。というか「旅路を死神」が良すぎてそれだけで許せる感じもするよ。これが映画化してないのは残念だ。映画はキャスティングはいい感じかなーとは思ってます。ただ、妙にお洒落映画になってしまいそうな感じはするけど。ま、観に行かないけどね。